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『朝日新聞 りんご園だより11』より

「津軽のまつり 夏から秋へ 歌い踊る」

 

「ネプタまつりが終われば秋」とはよく言ったもの。七日(なぬかび)が過ぎたとたん、夏布団の薄さが頼りない。7月は暑苦しい日々であったのだが。

ネプタは扇形の大きな灯籠で、表の鏡に勇壮な武者たちが描かれるが、裏面は楚々とした美女一人の絵柄が多い。この美女は、雷のようにとどろく太鼓が遠ざかる中、名残惜しげなまなざしで闇に消えていく。「見送り絵」とも言われるネプタの裏面だが、人は行く夏を見送っていることになる。

民俗学者の森山泰太郎先生は、ネプタまつりを「眠り流しの行事」と話されていた。夏は暑さで睡魔に襲われる農作業である。農業を営むものなら納得がいく。私の子どもの頃は、ネプタは川へ流された。小さな紙片となっても、祭りのかけらを拾い上げた人も多かろう。

 

「ネプタの次は、お山参詣だ」と、秋まつりの準備はすでに始まっている。働くからまつりがあるのか、まつりがあるから働くのか、この地のまつりにかける心意気や果敢なのだ。

旧暦の八月朔日は、ヤマカケと称して、岩木山へ集団登山する習いがある。津軽平野に腰を据えたこの山は、信仰の対象でもあり、年に一度のお礼参りは欠かせない。大人の背丈の倍もある町村名を染めた幟や、ヒバをかんなにかけた御幣を掲げ、供物の五穀や果物、野菜とともに、祭文を唱えて登山口の岩木山神社に集うのだ。

この日のために精進し、白装束に身を固めた人々は、山頂で朝日を拝むまでのひとときをここで過ごす。かつての女人禁制はどこへやら、現在は老若男女が二重三重の輪になり、笛、太鼓、手平鉦(てびらがね)に合せて歌い踊ってさんざめくのである。

この光景に、天照大神ならずとも、神社の奥の院から「どーれ」と声がし、戸が開いたとしても不思議ではなかろうと思う。

 

私の目の前のほおかぶりの人は、指の先の先までしなやかで、軽々と舞った。腰の赤いポシェットが古い帯地なので女性と分かり、思わずついて行く。

が、音曲が止まると同時に、腰が二つに曲がった。何と、ほおかむりの中は、80歳はとうに超えていようと思われるおばあさん。ところが、次の囃子が鳴ると、はじかれたように身をそらして、乙女になっていく。そのひたむきな表情が愛らしい。写真に撮りたいので声を掛ける私を知ってか知らずか、視線は宙を見据えたまま踊り続けるばかりであった。

今年もあのおばあさんに会いたい。津軽のお山参詣は、もうすぐだ。

                                           エッセイイスト・片山良子
津軽のお山参詣とは?
http://www.city.hirosaki.aomori.jp/kanko/matsuri/oyama.html

今年は台風が早く、青森のりんご達が心配ですが、
会員の皆様に今年もどうか美味しいりんごを届けられますように。

写真は、靖国神社みたままつりで出典されていた「ねぶた」です。